白黒日記

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岡山城

饂飩を食べ終えた後、岡山城を見学に行ってきました。
駐車場に車を止めて、烏城公園へテクテクと。
烏城公園  
長い石段を登りつめると、六十一雁木上門(要害門) なるものが。
本段側からみた上門で、勝手筋の階段は「六十一雁木」と呼ばれていたそうです。
付近は江戸時代初期の前池田氏の時に整備されたが、
六十一はその当初の階段数に因むものと思われています。
六十一雁木上門
階段の下には本格的な櫓門があったが階段の上にも軽量ながら門を設け、
軍備に万全を期していたのである。
両門とも明治になって取り壊されたが、昭和41年(1966)に上門だけが木造で再建されたようです。

歴史を伝える名城として名高い、岡山城です。
岡山城   
黒い下見板張りの外観から別名「烏城(うじょう」)と呼ばれ、
また、金の鯱を挙げていたと伝えられるため、「金烏城」の名もある名城です。

慶長2年(1597)、豊臣五大老の一人・宇喜多秀家が築城。
三重六階の堂々たる天守閣は織田信長の安土城天主閣を模して築かれたと伝えられ、
全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台をしています。
関ヶ原合戦以前の古式を伝える貴重な天守です。
天守閣から…
昭和20年に空襲で焼失してしまい41年に復元された岡山城は
近場で見てしまうと、真新しい外装で黒くピカピカ。

石垣からの高さ20.45メートル、2階建ての建物を大中小3つ重ねた3層6階の構造のお城で
内部には、城主が生活をしていた「城主の間」があって、
天守閣としては全国的にも珍しい設備です。

重要文化財の月見櫓・西の丸西手櫓など見て回りました~
  1. 2010/02/05(金) 00:00:50|
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